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中国・ロシア出張報告(その③)「東経135度の町・ハバロフスク」
1.9月8日深夜(朝)2時の北京発でロシア・ハバロフスクに午前7時50分に到着予定。勝手な思い込みで機内で「数時間は眠れそうだ」と考えていたが、実は、ハバロフスクは私の地元明石と同じ東経135度に位置しながら、日本との時差は+2時間。一方、北京は日本から-1時間であるので、ハバロフスクと北京の時差は+3時間。即ち北京からハバロフスクは、2時間50分のフライトで、実質2時間ほどしか眠れなかったのである。

2.ハバロフスク到着後、貝谷総領事公邸で1時間ほど休憩(仮眠)。その後、11時からハバロフスク地方政府のスィルキン副知事(イシャーエフ知事はモスクワ出張中)を表敬訪問し、ハバロフスクを含むシベリア開発について意見交換(写真①)。ハバロフスクは兵庫県と姉妹関係にあり、私としても関係強化に努力したい旨話す。

3.そして、昼食を取りながら日本企業の方々から現地でのビジネスの課題を伺うが、ほとんどの企業が木材輸出をメイン(中心の仕事)とし、残念ながら、他のビジネスにはあまり興味がないようだ。確かに、長年この地方の約70%の木材が日本向けであり、現在25%の輸出税について80%に引き上げようとするロシア政府の動きに対しての警戒感が高まっており、その話題でもち切りだった。もちろん、このことへの対応も必要であるが、このハバロフスク地方の人口150万人を含めて沿海地方、アムール州の3地域で、約500万人に加え、隣接する中国東北三省の約1億1千万人の市場を見据えれば、様々なビジネスチャンスがあるはずである。食糧生産・供給、ソフトウエアの基地化など、是非知恵を絞ってほしいものだ。

4.午後は、「日本人センター」での日本語講座開講式で挨拶()。私の地元の淡路島出身の高田屋嘉兵衛翁が約200年前に、ロシアに捕らわれたものの、その後、ロシア人との友情が生まれ、やがて解放された話を引用しながら、コミュニケーションの大切さなどを説いた。そして、過去5年で日ロ間の貿易量が5倍になったことを紹介し、今後シベリア地域のさらなる発展に伴って、必ず日本とのビジネスは拡大し、日本語を話せる人には多くのチャンスがあるはずだと、学生たちに大きな期待を話した。

5.その後、小泉純一郎総理も訪れた、日本人死亡者慰霊碑で、大澤正明・群馬県知事はじめとする遺族会の皆様と追悼式を実施()。故郷を遠く離れ、この極寒の地シベリアで抑留され亡くなられた方々の苦しさ、無念さは想像を絶するものがある。御霊の安らかならんことを心よりお祈り申し上げた()。

6.夕方からは、市村萬次郎さん一座による「歌舞伎教室・公演」で舞台挨拶()。日本の文化を知ってもらうための企画であるが、会場の劇場は超満員。女方の市村さんがお化粧により美しい女性に変身していく姿(、⑦、⑧、⑨)や、歌舞伎の効果音の出し方や、様々な技を紹介。大ウケであった。「歌舞伎なんて」と思っている日本人にとってもきっと興味深い、楽しい内容である。終演後はしばらく拍手が止まなかったくらいである。

7.ハバロフスクは、世界第10位の長さ(4444Km)を誇るアムール川()が走るシベリアの中心都市の一つである。沿岸のウラジオストックとほぼ大規模の人口約60万人の都市で、ウラジオストックとは企業誘致などを巡ってライバル関係にある。ハバロフスク駅では、シベリア鉄道にも実際に中に入ってみた(、⑫)。日本の寝台列車と変わらないが、平均時速約60Kmで走るため、約8500Kmあるモスクワ-ハバロフスク間は6泊7日かかるという。また、街中を走る車の90%は右ハンドルの日本の中古車。お金持ちだけが左ハンドルの車を買えるという。月の平均所得が7~8万円で、産油国としての原油高の恩恵を十分には受けていない。木材に代わる(あるいは加えて)新しい産業が求められている。日本として何が協力できるか見極めたいものである。