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ブラジル・米国他南北アメリカ大陸出張報告(その⑧:ボリビア編(2):サンタ・クルスNo.2)~日本人移住地「サン・ファン」訪問。~
1.また、さとうきび(写真①)やとうもろこし(、③)を作っている人も多い。主として食糧用、飼料用が多い。また、牛を飼っている人も多い()。CAICO(カイコ)と呼ばれる農協の組合長によれば、冬に小麦、夏に大豆を作る人が多く、全体で5万haのうち、小麦1.4万ha、大豆2万haくらいになるそうだ。さとうきびは約5000ha。ボリビアでは、小麦は自給率10%、大豆は輸出用が80%で、オキナワでは、生産する大豆のうち30%は国内に、70%は飼料用にペルーに輸出するという。将来、飼料高で苦しむ日本への輸出ができないか意見交換も行った次第である。
2.そして、昼食の後、サン・ファンへ向かう。2時間近くかかってサン・ファン移住地に到着。
日比野・日本ボリビア協会会長、近藤勇・農協総支配人たちの歓迎を受ける()。オキナワが、沖縄県からの移住者であるのに対し、こちらは22県からの移住者で、現在約750人、市の人口全体の7%という。九州からの人が多く、長崎県からの人が約半分、淡路島からも「ムラカミ」さんというご家族が来られているという。
3.サン・ファンの日本人移住者の農場の広さは、平均270ha。全体で2.7万haのうち、夏の水田は1万~1.5万ha。そのあと冬の大豆を作る人も多いという。ちょうど大豆の種まきが終わった頃であった。また、養鶏が盛んでボリビア全体の約30%の鶏卵を供給している。日系2世ご夫妻の吉永夫妻宅では、約2万4千羽の養鶏()、マカデミアンナッツ()やココナッツにも挑戦され、企業家として活躍しておられる。柑橘類()は価格が安く、ビジネスというより趣味程度らしいが、すごく美味しかった。
4.米作を800haも行う人もあり、そのような大規模経営の方は自前のサイロを手当したり、それぞれに開拓者精神を持ち続け(あるいは、2世に引き継ぎ)、がんばっておられる。
移住地としての目下の課題は、診療所の経営で、利用者の80%は現地ボリビア人であるが、医師4人はすべて日系人で、JICAの補助も年々少なくなり、経営の維持が課題となっていることである。
このサン・ファンの市長には、2世のカツミ・バニー(伴井勝美)さんが当選され、42才の若さで張り切っており、その行動力・手腕が期待されている。「10年後には大統領と首相で!」と語り合い、小泉前首相の揮毫の前で固い握手を交わした()。
5.日比野会長によると、移住当時にダニ(?)にかまれて、耳の上1cmくらいが「溶けた(!)」という。さらに、夏にはものすごい数の蚊や2cmくらいのカメムシにも悩まされてきたが、幸いにもブラジル・アマゾンのような伝染病はあまりなかったそうだ。こうした苦しみを乗り越えられた表情には余裕が感じられた。ちなみに、NHKの国際放送はオンタイムで見れるため、最近の後期高齢者の医療制度を巡る日本での報道に接し、「日本の年寄りはおかしい!ぜいたくすぎる」とも言っておられた。自らの力で原生林の地を切り拓いてこられただけに、説得力がある。69才の今も自立しがんばっておられる姿に感銘を受けた次第である。
6.夕方は、サンタ・クルス市内に戻り、日本の経済協力で建てた「日本病院」の現状を視察。建設した当時の20年前には、50万人程度だったサンタ・クルスの人口も今や150万人都市となっており、ベット数200床やその当時のままの設備では対応しきれなくなってきている。こうした現状、そして、HIVや結核の蔓延、乳幼児の死亡率の高さなどを伺った()。ODA(政府開発援助)予算も含めて、国内では予算の一律削減が続いており、社会保障制度の維持も合わせて、国内外に極めて厳しい予算状況となっている。税制の抜本改革・歳入歳出の改革の中で、安定的な財源の手当てを検討すべき時に来ている。
7.夕食は、サンタ・クルス市内の日本食レストラン(居酒屋?その名も「よりみち」)で、根間玄真・ボリビア日系協会連合会会長、島袋正克・日本ボリビア商工農林会議所会頭、現地進出企業の古田ヨシアキさんと懇談()。サンタ・クルスが中央政府に対して自治権の拡大を求めていること(市内のあちこちに垂れ幕やポスターがあった)()、モラレス政権への評価などを伺った。インディオ(原住民)に対する行き過ぎた保護などに対し不満もあるようだ。日系人の権利保護のために、私の立場でできることは、全力で対応したいと思う。
8.そして、23時30分サンタ・クルス発の飛行機で、一旦マイアミへ。その後、午後2時マイアミ発の便で今度は中米の最貧国・ニカラグアに半日だけ訪問する予定である。
2.そして、昼食の後、サン・ファンへ向かう。2時間近くかかってサン・ファン移住地に到着。
日比野・日本ボリビア協会会長、近藤勇・農協総支配人たちの歓迎を受ける()。オキナワが、沖縄県からの移住者であるのに対し、こちらは22県からの移住者で、現在約750人、市の人口全体の7%という。九州からの人が多く、長崎県からの人が約半分、淡路島からも「ムラカミ」さんというご家族が来られているという。
3.サン・ファンの日本人移住者の農場の広さは、平均270ha。全体で2.7万haのうち、夏の水田は1万~1.5万ha。そのあと冬の大豆を作る人も多いという。ちょうど大豆の種まきが終わった頃であった。また、養鶏が盛んでボリビア全体の約30%の鶏卵を供給している。日系2世ご夫妻の吉永夫妻宅では、約2万4千羽の養鶏()、マカデミアンナッツ()やココナッツにも挑戦され、企業家として活躍しておられる。柑橘類()は価格が安く、ビジネスというより趣味程度らしいが、すごく美味しかった。
4.米作を800haも行う人もあり、そのような大規模経営の方は自前のサイロを手当したり、それぞれに開拓者精神を持ち続け(あるいは、2世に引き継ぎ)、がんばっておられる。
移住地としての目下の課題は、診療所の経営で、利用者の80%は現地ボリビア人であるが、医師4人はすべて日系人で、JICAの補助も年々少なくなり、経営の維持が課題となっていることである。
このサン・ファンの市長には、2世のカツミ・バニー(伴井勝美)さんが当選され、42才の若さで張り切っており、その行動力・手腕が期待されている。「10年後には大統領と首相で!」と語り合い、小泉前首相の揮毫の前で固い握手を交わした()。
5.日比野会長によると、移住当時にダニ(?)にかまれて、耳の上1cmくらいが「溶けた(!)」という。さらに、夏にはものすごい数の蚊や2cmくらいのカメムシにも悩まされてきたが、幸いにもブラジル・アマゾンのような伝染病はあまりなかったそうだ。こうした苦しみを乗り越えられた表情には余裕が感じられた。ちなみに、NHKの国際放送はオンタイムで見れるため、最近の後期高齢者の医療制度を巡る日本での報道に接し、「日本の年寄りはおかしい!ぜいたくすぎる」とも言っておられた。自らの力で原生林の地を切り拓いてこられただけに、説得力がある。69才の今も自立しがんばっておられる姿に感銘を受けた次第である。
6.夕方は、サンタ・クルス市内に戻り、日本の経済協力で建てた「日本病院」の現状を視察。建設した当時の20年前には、50万人程度だったサンタ・クルスの人口も今や150万人都市となっており、ベット数200床やその当時のままの設備では対応しきれなくなってきている。こうした現状、そして、HIVや結核の蔓延、乳幼児の死亡率の高さなどを伺った()。ODA(政府開発援助)予算も含めて、国内では予算の一律削減が続いており、社会保障制度の維持も合わせて、国内外に極めて厳しい予算状況となっている。税制の抜本改革・歳入歳出の改革の中で、安定的な財源の手当てを検討すべき時に来ている。
7.夕食は、サンタ・クルス市内の日本食レストラン(居酒屋?その名も「よりみち」)で、根間玄真・ボリビア日系協会連合会会長、島袋正克・日本ボリビア商工農林会議所会頭、現地進出企業の古田ヨシアキさんと懇談()。サンタ・クルスが中央政府に対して自治権の拡大を求めていること(市内のあちこちに垂れ幕やポスターがあった)()、モラレス政権への評価などを伺った。インディオ(原住民)に対する行き過ぎた保護などに対し不満もあるようだ。日系人の権利保護のために、私の立場でできることは、全力で対応したいと思う。
8.そして、23時30分サンタ・クルス発の飛行機で、一旦マイアミへ。その後、午後2時マイアミ発の便で今度は中米の最貧国・ニカラグアに半日だけ訪問する予定である。