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JR福知山線の事故現場について
1.5月16日地元から上京する途中、尼崎市の事故現場を訪れ、献花を行い亡くなられた方々の御冥福をお祈りし、黙祷をささげた。107名もの方が突然に命を失ったのである。時間帯が学生の通学する時間であったため、20才前後の若い命が数多く失われた。未来に希望を抱く若者ばかりである。悲しみに堪えない、本当に許せない事故である。(できるだけ早く現場に赴きたかったが、現場の検証、整理を行っている中、混乱を避けるためこのタイミングで伺ったものであるが、脱線した現場そのものは片づけられているものの、未だマンションの1階部分は無残な傷跡を残し、また線路は取り外され献花する人も絶えず、報道陣の方々も多く取材していた。)
2.折りしも、地元の明石・谷八木で、幼い子供が山陽電鉄にはねられ死亡した。これから大きくなるのが楽しみというときに、思いがけない事故である。同じ世代の子をもつ親として御両親や御家族の悲しみやいかばかりと心痛む思いである。

3.東京から関西に赴任したビジネスマンから次のような話を聞いたことがある。「関西は新快速はじめ電車のスピードが速い。そして、電車間の接続が本当にムダなくなされる。正に神技だ。」そのとおりである。つい10年ほど前までは1時間近くかかっていた「明石―大阪間」も今ではわずか30数分である。大阪を中心として通勤時間は大幅に短縮され、通勤圏内の住宅開発も外へ外へと大きく広がった。極めて便利になったのは事実である。しかし、一方で、安全性との両立がきちんと確保されていたのか。そして、神技のような運行を維持するために、運転士はじめ従業員の方々に過重なストレスはなかったか、などなど運行管理体制をしっかりと検証しなければならない。さらに、運転士の国家資格制度について、付与・更新のシステムが実効性のあるものであるのかについても検証が必要である。ATS(自動停止装置)など物理的な事故予防策の導入はもちろん必要であるが、"人災"の側面、制度面をしっかり検証・解消していかなくてはならない。しっかり取り組んでまいりたい。

4.いずれにしても、「利便性の向上」と「安全性の確保」の両立が基本であることは言うまでもない。「利便性」のみを追求してはどこかで必ずひずみが出る。自分自身の反省も込めてであるが、時間に追われる生活も見直し、「幸せ」の意味を考え直すいいタイミングかもしれない。