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米国ワシントンD.C.でアベノミクスについて講演
4月29日現地時間17時から、米国の首都ワシントンD.C.において「アベノミクスの目指すところ~日米で世界経済をリード」とういうタイトルで、USJI(日米研究インスティテュート)で講演しました(写真①、②)。その元の日本語の原稿は以下のとおりです(英語の原稿は(こちら)。


アベノミクスの目指すところ~日米で世界経済をリード~

1.本日は、再び、このUSJIで皆様を前に講演できる名誉ある機会に恵まれたことを光栄に思う。わずか15か月前、私は、この場で日米同盟の重要性と日本の進むべき進路についてお話をさせていただき、皆様と有意義な意見交換をさせていただいた。皆様のお顔を拝見すると、あのときと比べて目つきが変わっているように思える。当時は、日本は本当に大丈夫なのかという視線を浴びたが、今晩は、日本復活への期待のまなざし、そして再生に向かう日本に是非投資してみようかと、皆さんの目が輝いているように私には見える。こうした皆さんの期待に応えるためには、政治的に、まずは総理が毎年交代する状況から脱することが大事。7月の参議院選挙に勝利し、何としても政権を安定させたい。現在、日米とも議会が上院と下院でねじれた状態にあるが、日本は先にその状況を脱したい。そして安倍総理に最低でも5年間は総理を続けてもらいたい。安倍総理は「JAPAN IS BACK」と言っておられたが、それは違う。世界のリーダー国家として地位を取り戻してこそ、日本はカムバックしたと言える。安倍総理には、そうなるまでは頑張ってもらいたい。今はまだその序章にある。今晩は、日本経済の再生を任務とする安倍内閣の経済政策立案チームの立場から、日本が復活するための鍵であるアベノミクスについて、これが一体何なのか、何を目指し、そして日米関係に対してどのような意義を持つのか、私の所見も交えてお話させていただく。

2.安倍内閣の発足以降、為替レートは極端な円高からの是正が進んだ。また、株価は昨年の安値から実に60%以上上昇し、安倍内閣はロケットスタートを切ったと評価されているが、実際にはいくつかの好条件が重なった結果とも言える。例えば、アメリカ経済は好転し始め、欧州債務危機も落ち着きを見せるなど、外部環境が良好になってきた。これが安倍内閣への期待と合わせて、円安、株高を演出した一因である。ようやくリーマンショック前の状態に戻りつつあるのである。ただし、市場はまだ日本経済の再生に確信を持てないでいる。特に、アベノミクスの3本の矢のうち第3の矢である「成長戦略」がどこまでできるかを見極めたいとの気持ちが根強い。アベノミクスが目指すのは、決して手品のように表面上の景気回復を演出するのではなく、長引くデフレから脱却し、日本経済を本格的な成長軌道に乗せることができるよう経済基盤を再建することである。そのためにも人々の見る景色が変わるような、今までにない思い切ったことをやっていく。

3.アベノミクスの「3本の矢」とは、①大胆な金融政策、②機動的な財政政策、③民間投資を喚起する成長戦略である。そもそも「3本の矢」という言葉は、安倍総理の故郷の戦国武将が3人の息子たちに家訓として、1本の矢は簡単に折れてしまうが3本まとまれば強靭となりなかなか折れない、3人が一致団結して大事にあたるべしと伝えたという逸話が由来である。すなわち、我々が「3本の矢」という言葉に込めた意味は、これら3つの政策のどれか1つが欠けても日本経済の再生に成功することはできないということである。

4.まず1本目の金融政策についてお話しする。リーマンショック以降、金融機能の安定化や経済収縮に対応するため、各国の中央銀行はバランスシートを急激に拡大させ、金融緩和を実施した。リーマンショック前と比較すると、FRBは3.5倍、BOEは4.3倍、ECBでさえも1.8倍バランスシートを拡大させた。一方で日本は長引くデフレにあえいでいたにもかかわらず、日本銀行が拡大させたバランスシートはわずか1.5倍であった。日本銀行の金融緩和は規模、スピードともに不十分な面が否めず、これがデフレと円高の大きな要因となっていた。安倍内閣が発足するやいなや、デフレからの早期脱却と持続的な経済成長の実現のために、2%という物価目標を、初めて政府と日本銀行で共有する共同声明を発表した。即ち、日本銀行が十数年に渡って拒み続けてきてインフレターゲットを導入することを決めたのである。まさにデフレ脱却に次元の違う取組みを行う、レジームチェンジを起こしたと言える。

5.しかし、肝心なのは目標を掲げるだけでなくこれを実現することである。中央銀行の独立性の観点から、金融政策の具体的な手段は日本銀行が決めることである。したがって、この春に任期切れを迎えることになっていた総裁人事が非常に重要であった。安倍総理は黒田東彦アジア開発銀行総裁を日銀総裁に選んだ。この人事が功を奏したのはみなさんご承知のとおりである。黒田新総裁はマネタリーベースを2倍にし、2%のインフレ目標を、2年を目途に達成するという、意欲ある目標と次元の違う金融緩和策を提示した。これでようやく他国とそん色ない金融緩和策が実施されることになり、イエレンFRB副議長も「完全に適切であり理解できる」と支持を表明している。

6.こうして第1の矢は勢いよく放たれた。しかし、供給された潤沢な資金が国中に循環しなければ経済は活性化しない。そのために第2の矢を用意した。安倍内閣は発足して約2週間後の本年1月11日には、事業規模20兆円に上る経済対策をまとめた。供給されたカネはしっかりと経済対策によって発生する実需に吸収されるとともに、これを呼び水として民間投資も誘発する。2本目の矢が1本目の矢と合わさって景気回復の効果を高めるエンジン役の機能を果たす仕掛けにしているのである。

7.さて、金融緩和と財政出動は、確かに短期的には景気回復にインパクトを持つが、これらのみで日本経済が本格回復し、長期的に経済力を維持し続けるとは考えていない。この1年間は、経済対策の効果等もあり、政府としては名目2.7%、実質2.5%の経済成長を予測しているが、経済が持続的に成長し続けるようにするためには、この1年間のうちに3本目の矢である成長戦略によって、日本経済を成長軌道に乗せる必要がある。仮に成長戦略により将来的に本年並みの実質成長率2.5%を維持し、さらに金融緩和によって物価上昇率が2%となれば、名目成長率は4.5%に到達し得る。非常に高いハードルであるが、我々は思い切った成長戦略、正に次元の違う政策により、名目成長4.5~5%の高い成長率の実現にチャレンジしたい。1本目の金融緩和と2本目の財政出動は、いわゆる「時間を買う政策」であり、時間稼ぎをしている間に、3本目の矢を放ち、民間主導の成長軌道に乗せていくのである。

8.それでは、これからの日本にとって成長戦略はどのような観点からまとめるべきか。そもそも、日本では人口がすでに減少し始めており、このような状況で経済成長は可能なのかという指摘がある。潜在成長率は、労働投入、資本投入、生産性の3つの要因に規定されており、人口減少に伴う労働投入の減少は成長にとって確かに深刻な問題である。しかしながら、非常に狭い経路ではあるが、日本は持続的な成長軌道に乗り、活力を維持し、世界でリーダーシップを取れる経済力を保持し続けることは可能であると私は確信している。

9.まず、労働投入の減少に対しては、安倍総理も成長戦略の中核であると言っていることだが、女性の活用が重要な鍵を握っている。つまり、アベノミクスの中核の一つはウーマノミクスである。驚くべきことに、日本では第1子出産後に退職する女性は全体の7割に上り、大卒女性の就業率は65%に過ぎない。ちなみに、アメリカでは第1子出産後に退職する女性は1/3に過ぎないようである。日本では優秀な女性が埋もれた資源になってしまっている。このような状況をもたらしている大きな要因の1つは、都市部を中心に保育所が圧倒的に不足していることである。成長戦略では、この障壁を大胆に取り払うため、まずこの2年で20万人、5年間では40万人分の子どもの保育の受け皿を作り、女性の就業率を高める。仮に女性の就業率を男性並みの水準に向上させることができれば、就業者は820万人増加し、GDPを15%も押し上げられる可能性があるのである。人口減少でも成長できるのである。

10.次に、民間の投資機会を拡大し、資本投入を高める必要がある。このための方策の1つが、「アベノミクス戦略特区」である。既存の特区のようにちまちました規制緩和や税制優遇措置ではなく、思い切った措置によって経済成長に直結する特区となるよう様々な検討を行っている。例えば1つのアイデアだが、沖縄では、国際的に卓越した科学技術に関する教育・研究環境を有する沖縄科学技術大学院大学が昨年、開学した。世界中から40名の俊英が切磋琢磨して勉強、研究している。この大学(OIST)をイノベーションの国際的拠点とし、大胆な特区を設定することによってITや物流も合わせた企業集積を図る。また、先月には、日米間で沖縄県の嘉手納以南の米軍基地の返還計画について合意した。将来的には基地跡地の有効活用も併せ、沖縄をアジアからの窓口に発展させることも考えられる。

11.もちろん、都市への投資も重要である。東京の容積率は、都心部でさえ330%に過ぎない。一方で、ニューヨークでは、ミッドタウン地域の容積率は1,400%に達する。容積率の大胆な緩和などによって投資を呼び込み、東京の都市としての魅力を高めていく。東京を国際金融センターとしての機能を充実させ、24時間金融取引のできる国際都市として、その環境を整備するために、「アベノミクス戦略特区」と位置付けることも重要である。

12. さらに、関西地域についても、「アベノミクス戦略特区」にするアイデアがある。まず、港や空港を一体的に運用すべく、一体化・一元化を進めたい。即ち、大阪港と神戸港、そして既に決まった関西国際空港と伊丹空港の一体運営に加えて、神戸空港も加えた一体運営を実施し、既存インフラの有効活用と国際競争力の強化を図る。その上で、自民党が昨年の衆議院選挙公約に掲げた大阪湾バイオ・ベイ構想の実現に向けて、理化学研究所のスーパーコンピューターがある神戸の医療産業都市と、淡路島の統合医療、大阪大学を中心として、再生医療・製薬の集積のある「彩都」、さらには、山中伸弥教授の京都大学のiPS研究所を統合的に連携する特区を作り、医療関連産業の飛躍的な成長を図る。PMDA(医薬品医療機器総合機構)の機能の一部を関西に立地させることも有力な考えだ。さらには、大阪湾でカジノを実施し、アジアを中心とした富裕層の観光誘致を進める。既に、「国際戦略特区」として認定を受けているが、こうした構想を推進するために、大阪湾を囲み、大阪府、兵庫県が一体となる「アベノミクス戦略特区」を決定し、「アベノミクス戦略特区」の特長である、ミニ独立政府的な権限を与えることが有益と考えている。ある意味、安倍政権の進める道州制の第一歩となることも期待できるのである。5月中旬には、この「アベノミクス戦略特区」の制度設計を行うワーキンググループをスタートさせる。

13.ちなみに、健康・医療に関して言うと、前述の山中伸弥京都大学教授がノーベル生理学・医学賞を受賞したiPS細胞などの再生医療は、日本が強みを持っている分野である。これに新薬や医療機器なども含め、医療が産業としての競争力を向上させるため、承認期間の大幅短縮など、制度改革を行うため法律を改正する。さらに、最先端の医療技術を開発していくための司令塔として、これはアメリカの経験を見習い、日本版NIHの設置も実現する。

14.日本経済の再生は、アメリカにとっても多大な利益となろう。日本経済が活性化すれば、市場としての魅力も増すであろうし、規制改革や、特区等の取組を通じて日本でビジネスをしやすい環境が整えば、アメリカ企業にとっても大きなビジネスチャンスが生まれる。日本の成長率が高まればアメリカの輸出も伸びる。日本は今年、2%後半の成長率を達成すると見込んでいるが、これだけでも単純にアメリカから日本へ輸出額は50億ドル程度増加するであろう。今後、成長戦略を着実に実行することで、日本と米国のヒト、モノ、カネの流れがより太く、スムーズになり、両国にとって更なる利益を生じるようにしていきたい。

15.もちろん、財政再建にもしっかり取り組まなければならない。税収が落ち込む中で、歳出が拡大しており、社会保障を中心に公債への依存が高まっている。このまま財政再建が進まず、財政が持続可能ではないと判断されると金利の上昇が止まらなくなるだろう。経済成長に伴う金利上昇であれば、国債費の支払い増加分を税収の増加で十分に賄うことができる。一方、財政への信頼を失うことに伴ういわゆる「悪い金利上昇」は、税収の増加を伴わないため何としても避けなければならない。我々は中長期的に財政規律をしっかり守ることにコミットしている。金融緩和も低金利に貢献している。この間に、歳入の増加と歳出の削減をバランスよく進めることで財政再建を成し遂げる。

16.次に、経済外交については、我々の覚悟はすでにTPP交渉への参加という形で現れている。昨年1月の講演の際には、まだ日本では交渉参加を巡って論争が行われている最中であった。私は、早く交渉に参加すべきであり、停滞する日本経済浮上のための一つの契機として、また、アジア太平洋の発展のためにTPPの役割が重要であると申し上げた。あれから、1年以上経過してしまったが、民主党政権でできなかったことを安倍総理は決断した。なお、日本では農産品、アメリカでは自動車など両国ともセンシティブ品目を抱え、国民やメディアはどうしても関税交渉の分野に目が行きがちである。しかし、関税交渉はTPPの一部に過ぎず、より重要なのはTPPとは新しい時代の国際経済のルール作りであるということを強調したい。日本がアメリカやカナダ、シンガポール、メキシコなど太平洋地域の先進国と新興国とで貿易、投資、知的財産、政府調達、紛争処理など21世紀の経済活動を規定するルールを作り上げる。そして、将来的には、APECやASEAN+6、そして日中間のFTA交渉などの場を通じて、中国やロシアなどにもその国際ルールの遵守を働きかけていくことで、世界中に自由な貿易・投資環境を広げていく。実際に、日本のTPP交渉参加の姿勢は中国を刺激し、日本と中国、韓国のFTA交渉も動き始めた。さらに、TPPと同時に日EU EPA、米EU FTAの交渉もスタートした。アメリカ、欧州、日本が同時並行的に経済連携の議論を始めることになる。このように先進国がルール作りの議論をする中で、日本がTPPに入らないということはあり得ないのである。

17.なお、日本の農家について一言述べたい。TPPに係らず、農業自体も変わらなければならないのである。農業従事者の平均年齢は66歳、耕作放棄地は農地面積全体の1割、アメリカのロードアイランド州と同じくらいの広さまで拡大している。しかし、改革を実行することで日本の農業は成長産業となる可能性を持っている。日本食のおいしさは皆さんご承知でしょう。食文化など日本のソフト面を世界に展開することと併せて、日本の食材も輸出していくような戦略性も重要である。また農地面積が日本の半分に過ぎないオランダが世界二位の農業輸出国となっている。オランダを参考に、IT化によって農業の生産性を高め、輸出を拡大していく。世界第三位の農産品輸出国を目指したい。

18.最後に、TPPに日本が参加することは、日本への利益だけでなく、アメリカや世界にとっても大きな利益となることを強調したい。ブランダイス大学のペトリ教授らの研究によると、日本がTPPに参加しないケースでは、TPPが長期的にアメリカにもたらす利益は1年あたり24億ドルだが、日本が参加することによって77億ドルに押し上げることになる。さらに世界全体でみると、日本の参加によってTPPのメリットは75億ドルから223億ドルに増加する。日本がTPPに参加することは経済的なメリットも非常に大きいことをご理解いただきたい。

19.以上、アベノミクスと呼ばれる経済政策の基本的な考え方を述べてきた。ジム・オニール氏は、2001年にBRICsという言葉を生み出し、世界経済のけん引役はITバブルの崩壊や9/11テロで揺れるアメリカからBRICsを代表とする新興国に移ると予見した。確かに、この10年の新興国の成長には目を見張るものがある。しかし、近年、新興国の成長も減速してきており、さらにはそれぞれが様々な課題を抱えており、今やBRICsが世界経済の主役の座からは少し離れつつある。一方で、シュールガス革命もありアメリカ経済は復活を果たしている。日本も復活を果たせば、価値観を共有するアジアのパートナーとして、経済面だけでなく、外交安全保障面でも東アジア地域や世界の安定にとって大変重要な意味を持つ。本日は触れることができなかったが、私はPKOや北朝鮮による拉致問題も担当しており、外交・安全保障でもアメリカと協力関係をより緊密にしていきたいと考えている。この後、南スーダンを訪問して現地のPKO活動を視察することにしているが、アフリカにはこの他に、ジブチに基地を持ち駐屯している自衛隊がソマリア沖で世界中の船舶を海賊から守っている。日本とアメリカが世界のリーダー国家として世界の平和と繁栄に貢献できるよう、私は日本経済の再生に尽力していく。BRICsに代わり、日米再登場である。しかし、これからが本当の正念場である。幸いなことに多くの経済界、学界の方々にも熱心なご協力をいただいている。次にこの場でお話をさせていただく機会をいただければ、自信をもって日本経済は再生した、と言えるよう力を尽くしていくことを申し上げ、私のスピーチを終えたい。ご清聴ありがとうございました。
  • (写真①)
  • (写真②)