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国際社会での責務~テロリストを許すな~
1.いわゆる米国テロ事件対策支援法の内容が固まってきている。直接わが国への攻撃が予想される中での自衛隊の発動ではなく、米国の自衛権をサポートするという、いわゆる「集団的自衛権」の発動としての自衛隊の後方支援である。

2.私はこの政策に賛成である。1991年1月、湾岸戦争が始まった時、私は米国ワシントンD.C近くのメリーランド大学公共政策大学院に留学した直後であり、各国から来た留学生や米国人の同級生から「日本は何もしないのか?」「中東に石油を依存しているのは日本ではないか?」 など毎日地獄のような質問攻めにあった。渡米直後であり彼らの英語を100%理解できたわけではなかったが、国際的な危機に「金しか出さない、そしてそれもかなり後になってから」という、日本に対する失望感、軽蔑感を身にしみて感じた。「Too late,too little」(対応が遅すぎる、貢献が少なすぎる)と侮蔑されたのである。。日本は一人だけお金もうけに走り、国際社会に貢献すること、いや責務を果たすことを逃げていると思われていたのである。

3.もちろん、日本国憲法の平和理念は素晴らしいものであるし、世界にその意を伝えていくことは大事であるが、憲法の範囲でできることはいくらでもある。「医師を派遣して兵士の治療をし、治ればその兵士はまた戦闘行為に走るから医療行為も武力行使と一体である。したがって医師を派遣すべきではない」との議論はバカげている。輸送や補給なども含め後方支援は重要である。国際社会の日本に対する思いや期待を直接味わった者として自衛隊の後方支援に期待したいのである。

4.ただし、今後米国が攻撃にされたとき、常に後方支援をするという覚悟がいるし、「集団的自衛権は有しているが行使できない」としてきた、政府の公式の憲法解釈を実質的に変更しているので、国民に対しそのあたりを十分説明し理解を求める必要がある。特に1991年湾岸戦争当時にも同じ議論をしながら、ここまで立法措置などを怠り、十分な議論の蓄積をしてこなかった責任は重い。

5.そして、もちろん国際社会として、すなわち国連としてテロリストを裁く道も平行して探るのが筋だと思う。国連での議論を重ね、新たな制裁の決議を採択し、その上でいわば国連軍的な軍隊を編成し、その後方支援として自衛隊が参加する。この姿が最もふさわしい。しかし、(今回はたまたま米、英、仏、中、露の5大国がすべて賛成しているようであるが)5大国の拒否権など、国連安全保障理事会が十分機能しない可能性もあり、また時間がかかりテロリスト の逃亡の可能性も広げてしまうことから、各国とも米国の自衛権に対するサポートとしての「集団的自衛権の発動」という形をとっている。
(なお、国連決議を経て、国連軍が編成される場合、用語としては「集団安全保障」という言い方をする。「集団的自衛権」とよく間違えられる。)

6.いずれもにしても、国際的なテロ組織をはびこらせてはいけない。憲法の範囲内で自衛隊が積極的に活躍し、国際社会での責務を果たさなければならない。そして、国際的に認められる国にならなければいけない。