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地震・雷・火事・親父
1.3月10日(土)朝、羽田空港から伊丹空港へ。明石市の「朝霧地区婦人防火クラブ創立20周年記念祝賀会」からスタート。「昔から、恐いものとして、『地震・雷・火事・親父』と言われている。地震の恐さはちょうど1年前の東日本大震災で経験、そして17年前には、阪神淡路大震災で私達自身が経験した。『雷』、即ち集中豪雨も毎年のように起こる。火事は当然。しかし、『おやじ』が恐くなくなった。これが日本社会の問題。その分『お母さん』がカバーしてくれて、日本社会は成り立っているが、その『お母さん』たちのこの「婦人防火クラブ」は正に、子どもたちへの啓蒙普及活動はじめ、地域の防災意識の向上に大変貢献して頂いている。心から敬意を表すとともに、益々ご精励されることをお祈りする」旨挨拶(写真①)。

2.その後、神戸へ。自民党兵庫県連の「県連大会に代わる総務会」。県連会長として、挨拶の中で「政権奪回への決意」を申し上げ、党としての公約づくりを急ぎ、「自民党ならこうする」というビジョンを示すこと、そして、それを示しながら街頭活動などを活発化することをお約束した()。

3.3月11日(日)は、早朝から、西明石で「西垣ギャレックス杯サッカー大会」。挨拶の後、始球式(、④、⑤)。

その後、西島地区の「農会水利総会」で挨拶()。

4.そして、明石海峡大橋を渡り、淡路へ。まず、4年間兵庫県老人クラブで会長を務められた三澤泰士さんの感謝の集いで挨拶()。
その後、三原神代春祭り()、洲本市千草の春祭り。夕方、再び明石海峡大橋を渡り、明石での友人の快気祝いで挨拶。

この日も選挙区内を東奔西走した一日だった。