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TPPの本質と日本の立場について。
1.TPP(環太平洋経済連携協定)を巡って、賛成・反対侃々諤々の議論がなされている。
そもそも、TPPとは何なのか。政府・民主党からは明確な情報が示されず、様々な誤解や国民の不安を増長している。

2.さらに、民主党政権における尖閣事件や北方領土への対応、即ち国益を主張せず失っている姿を見て、このTPPについても、多くの方が、結局米国の言われるがままになるのではないか、との懸念を強く感じているのである。しかも、米国に対しては、普天間基地の移設を巡る混乱の負い目もある。そうした状況での交渉参加について不安を覚えるのは私も同じである。やはり、外交交渉の経験や人脈のない民主党政権には、このTPP交渉は任せられない。

3.こうした不安な状況ではあるが、私は、基本的には、TPPに日本が加わることに賛成であり、一日も早く交渉参加を表明すべきだと考えている。
そもそも、TPPとは、シンガポール、ブルネイ、チリ、ニュージーランドの4カ国(いわゆる4P)が自由貿易の体制を作ろうとしてスタートしたもので、これに、米国、オーストラリア、ペルー、ベトナム、マレーシアが加わり、9カ国で交渉が進んでいるものである。
特に、世界的な貿易・投資などのルールを決めるWTO(世界貿易機構)は、190カ国を超える国が参加し、もはや収拾がつかなくなっている中で、TPPは、まずは、アジア太平洋地域の有志で、21世紀にふさわしい貿易、投資、知的財産の保護等で高いレベルのルールを作ろうとするものである。

4.つまり、TPPは、米国、オーストラリアなど民主主義、自由主義、法治主義などといった普遍の価値を共有する、成熟した仲間の先進国との間で、21世紀にふさわしい貿易、投資、知的財産の保護などのルールを作ろうとするものであり、我が国にとって極めて重要なのである。自国の立場をしっかり主張し、有利なルールを実現していくとともに、こうした高いレベルのルールを将来、中国やロシアに遵守するよう迫っていくことが大切なのである。その意味では「中国包囲網」という指摘も当たっている。

5.しかし、貿易については、関税の完全撤廃を目指しており、我が国の農林水産業にとっては、確かに関税が撤廃された場合の打撃は大きい。まずは交渉の中で例外品目を設けることになるのかどうかを、見極めなければならない。もちろん交渉に付くためには、すべての関税を撤廃する、即ち、少なくともすべての議論をテーブルにのせる覚悟を持たなければならないが、米国にしてもセンシティブ(政治的に重要な)品目がある。例えば、既に結ばれている米国とオーストラリアとの2国間のFTA(自由貿易協定)では、砂糖と酪農製品が例外品目として自由化の対象外とされているのである。現実のTPPの交渉においても、各国とも例外品目の要求を出しているようで、完全自由化に向けた交渉は、かなり難航している(このことを揶揄して「TPPのWTO化」と呼ぶ向きもある)。
さらに、関税を撤廃する場合でも、何年かけて撤廃するのかも極めて重要である。10年なのか20年なのか、日本としては仮にいくつかの品目で関税撤廃するとしても、この期間をできるだけ長くとることができるよう主張しなければならない。加えて、セーフガードの発動要件も重要である。「セーフガード」は、自由化したあとにその品目の輸入が急増した場合に、輸入を停止する措置であり、その発動要件の議論も重要なのである。

6.いずれにしても、農林水産業の皆さんが、日本国内で継続していけるように、また、国際競争力を持つように大胆な予算措置が必要である。
民主党には、こうした大胆な予算措置を行う覚悟が見えてこない。現在、民主党が行っている、バラマキ型の所得補償制度では全く話にならないのである。また、上記のような交渉を進めていく強靭な交渉力も必要なのであるが、尖閣の事件や北方領土での交渉を見た場合、民主党政権に交渉を任せて大丈夫か、という不安がよぎる。TPP交渉に参加しても、結局、日本に有利なルールを作るどころか、米国の言うがままに、求められるがままになってしまう、国益を損なってしまうのではないかと危惧するのである。ましてや、民主党政権には、普天間基地移転を混迷させてしまった負い目がある。そんな状況でやはり、民主党には任せられない、という気持ちを強くするのである。

7.また、TPPを巡っては、外国人労働者が大量に流入するとか、国民皆保険が崩壊するといった誤解も多い。しかし、実際には、そのような議論は一切行われていないのである。
労働については、労働者を低賃金で劣悪な環境で働かせ、その分廉価な商品を大量に輸出することを防ぐことや、ビジネスマンがスムーズにビザを取得できるように融通し合うとかの議論はなされているが、単純労働者の移動自由化の議論は一切行われていない。また、医療制度についても、日本として、世界に冠たる国民皆保険制度を維持することは当然である。これまでも、TPP交渉の中では、各国の医療制度についての議論は行われていないし、9カ国の間でそれぞれ医療制度、保険制度は全く異なる中で、この医療の分野で共通のルールを作るのは、そもそも無理があるのである。この点、外務省が、「将来、議論されることはあり得る」と説明したと伝わってくるが、この説明には、不満を覚える。

8.この点と関連して、多国間のTPPを否定するがために、「日本は、日米FTAなどの二国間のFTAを進めるべきだ」との意見も根強い。しかし、そもそも米国は日本のみならず、二国間ではFTA交渉を行わない方針であるばかりか、仮に、日米間で二国間FTAの交渉が行われることとなったとすれば、かつての“構造協議”のように極めて厳しい交渉とならざるを得ない。マレーシアやブルネイといったイスラム国家が入ったマルチ(多国間)の場では主張しにくいことでも、日本に対しては主張してくる。例えば、米国の医師や弁護士の活動を日本国内で認めよ、などと主張してくるはずである。さらには、「株式会社の病院」を認めよ、迫ってくるのである。他方、マレーシアやベトナムも含めての多国間での交渉では、逆に、マレーシアやベトナムの医師の活動を米国内で認めてくれ、と言われることになることから、TPPの場では、米国はこのような主張はできない。この意味で、マルチ(多国間)の交渉であるTPP交渉の方が日本にとってやり易いことも理解する必要がある。

9.ところで、中国や韓国が入らないTPPの枠組みは意味がない、ASEAN 6といった枠組みを優先すべき、との意見もあるが、そもそも、中国などは貿易手続きのルールや投資した企業の保護、知的財産の保護などのルールを守れず、TPPに入りたくても入れない、という面を認識しなければならない。日本としては、このTPPと同時並行的に、APEC、ASEAN 6という、より広い枠組みの交渉も重層的に行っていくことが大事で、このTPPのルールがベースになってくるものと考えられる。

10.急激な円高が進む中で、企業の海外移転、即ち空洞化が加速している。円高、海外に比べ高い法人税、CO2 25%削減の方針、労働規制、電力不足など六重苦とも、七重苦とも言われているが、その一つとされる「FTA/EPAの遅れ」も空洞化を招く大きな要因である。韓国は多くの国と2国間のFTA/EPAを結び、例えば、米国の関税では、乗用車2.5%、ベアリング9%、トラック25%などが、EUの関税では、乗用車10%、薄型テレビ14%、などが近いうちにゼロとなるのである。日本の企業にとってはさらに競争条件が悪くなる。TPPは、米国における関税引き下げにつながるし、日本がTPPへの参加を検討し始めたからこそ、日本とEUとのEPA交渉も動き出した。他方、中国、韓国は、日中韓のFTAを主張し始めた。もちろん、将来は、この枠組みを進めることも大事であるが、米国の入ったTPPより先に日中韓を進めるわけにはいかない。FTAは、言わば市場を共有化・ルールを共通化しようというもので、極めて政治的である(ちなみに、米国は、ほとんど産業のないヨルダンとFTAを結んでいるが、これは中東和平におけるヨルダンの重要性に着目してのことである)。

11.以上のことから、人口が減少し国内マーケットが縮小していく日本にとっては、人口が増え、“世界で最も成長するアジア”地域と共に発展していくために、TPPに参加しつつ、その議論やルールをベースにAPECやASEAN 6といった場で、自由貿易、投資、知財といった共通のルールを構築していくことが大事である。他方、関税撤廃となれば、大きな打撃を受ける農業や漁業について、例外措置を設けることができるのか、厳しい交渉力が求められるし、大胆な予算措置が必要となってくる。残念ながら今の民主党政権にその能力や覚悟を求めるのは無理であり、しかも、そもそも、交渉の内容について情報を十分に取れておらず、また開示がなされていない。経済効果についても、経産省、農水省バラバラに行っており、政府として統一した試算すらされていない有様である。こうした視点から、自民党内の議論では、「APECにおいて交渉参加の表明することには反対」との取りまとめが行われたところである。もっと早くから交渉に入り、日本に有利なルールとなるよう、交渉を行うべきであったが、民主党政権の取組みを見ている限り、任せていられない、というのが正直なところである。一日も早く、政権を奪回し、日本の繁栄のために、私たちの手で貿易、投資、知的財産の保護といったルールの構築を、日本が主体的に行えるよう頑張りたい。もちろん、その場合にも、農業、漁業はじめ、世界に冠たる国民皆保険の医療制度、ひいては、地域社会をしっかり守ることは言うまでもない。
  • 写真①
    自民党内の議論で、自説を主張。
  • 写真②